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営業マン 長島幸四郎3 [営業マン 長島幸四郎 【小説】]

 上村が、息を切らせて席に着いた。

 「お前も、ブラックでいいか?」
幸四郎は、汗だくの上村に尋ねた。

 「すいません、僕、まだ何も食べてないので、モーニングにします」

 「OK。マスター、モーニングを一つください」

 「はいよ」
店の奥から、この店のマスターが低い声で答えた。

 「早速ですが、主任は草叢の件を、いつ知ったのですか?」

 「今朝のニュースが、初めてだ」

 「本当ですか?」
 上村は、幸四郎に迫った。

 「本当だよ。俺を疑うのか?」

 「疑ってはいませんが・・・、少しショックです。主任が知らなかったなんて」

 「おいおい、俺だって、万能じゃないよ」

 社内外で、情報通で知られる幸四郎だったが、今回の件は彼自身、寝耳に水の話であった。上村の顔は、今までにない表情を浮かべていた。

 額の汗を度々拭いながら、上村は言った。


 「スタッフさん(※1)への対応は、どうしたらいいでしょう。
メールで五件、電話で四件の問い合わせが来ています。皆さん、不安の訴えを出しています」

 「対応は、お前に任せるよ」

 「任せるよって、どういうことですか?」
上村は、とても焦っているようだった。

 「これも、お前にとってはいい経験になるよ。唯、どうしても、上手く対応する自信がないのなら、
『現在、調査中です。今まで通り、仕事に専念してください』と言っておくのが妥当かもしれない。」

 幸四郎は、コーヒーを啜って、続けた。
「少し、冷たい言い方になったかもしれないが、俺にも、これしか浮かばないんだ」

 上村は、落胆した表情を浮かべた。
「主任は、どうされるのですか?」

 「俺は、少しやらないといけないことがあるんだ」

 「と言いますと」

 「今は、言えない」

 「チッ」

 幸四郎が、上村に言えない事情とは、派遣料金の回収のことだった。草叢システムとの派遣契約が始まって、三ヶ月になるのだが、通常であれば、一ヶ月毎に派遣料金の請求書を出し、現金で回収している。しかし、草叢システムの場合は、同社の意向で、120日の手形支払いになっていたのだ。

 その代わり、三ヶ月分毎の派遣料金を前払してもらうことになっていた。そして、派遣されているスタッフが行った残業代に関しては、翌月の現金払いであった。

 しかし、この支払条件では、派遣会社側が、最低でも四ヶ月間は、登録スタッフへの基本給与部分の支払いのため、相当の現金を持たなくてはならないのである。

 上司の許可をとって、手形での新規口座を開いたものの、幸四郎は、その対応を迫られていた。草叢システムの経理責任者である中村尚之には、既にメールで連絡を入れていた。中村の携帯電話に連絡を入れても、繋がらなかったためである。しかし、メールボックスには、まだ、返信が無かった。

 幸四郎の脳裏には、何人かの担当役員の顔が浮かんだ。

 さすがの幸四郎も、不安に駆られ、正直に、上村に打ち明けることにした。


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※1「スタッフさん」とは、業界用語で、
派遣会社に登録している登録スタッフ、
つまり派遣社員のこと。
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