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ささやかな休日1 [ささやかな休日 【ショートショート】]

 年老いた夫婦は、寿司屋を営んでいた。寿司屋の名前は「寅寿司」。

 しかし、夫婦はこの寿司屋をいつ閉店させるか、そればかり考えていた。
古びたカウンターは、客が溢した醤油あとで、所々滲みになっていた。
閉店の時期で、この夫婦が悩んでいるのは、一定の馴染みの客が離れないことだった。

 今日も店は、満席だった。馴染みの客の一人である山井玄介が、仲間を十人も引き連れてやってきていた。

 「玄さん、いつもありがとうね」

 「いいよ、寅さん。若さんの握りは絶品だからね。ネタも新鮮だし」

 若井寅蔵は、苦笑しながらも「うちは、それだけが取得だからね」
少し自慢げに言った。

 「寅さん、蝦蛄と鮑と鱚を握ってよ」

 「あいよ!」

 寅蔵の妻である海子は、玄介のアガリを入れなおした。

 「寅さん、たまには店休んでさぁ、海ちゃん孝行しないとなぁ」
玄介は、ツマミで頼んだ真蛸を頬張りながら言った。

 「海!温泉でも行くか?」

 海子は無言だった。

 「海ちゃん、ここは贅沢言った方がいいよ」
玄介は、海子の機嫌を取るように言った。

 「寿司屋が言っちゃいけないことだけど、日帰りでいいから、美味しい料理食べたいね」
笑いながら海子は呟いた。

 「今度、新宿に出来たホテルのレストランって美味しいらしいよ」
玄介が言う「ホテル」とは、関西から進出してきた「大阪神戸急行ホテルズ」という老舗の
有名ホテルチェーンの新規基幹店のことだった。

 大阪神戸急行ホテルズは、東京オリンピック開催に向けた戦略で、外資系ホテルチェーン
「ワイハットグループ」のブランド「ワイハット」の冠を付けた「東京大神ワイハットホテル」の建設を四年前から
着工し、漸く今年二月に開業に漕ぎ着けたのだった。

 寅蔵も海子も、東京大神ワイハットホテルの噂は、寿司屋組合の寄合などで聞いていし、
テレビのワイドショーで大々的にオープンのキャンペーンを行っていたので、印象は悪くなかった。

 寅蔵は、玄介以外の客のアドバイスもあって、海子と楽しむ“ささやかな休日”を真剣に検討し始めた。

 寅蔵は、お気に入りのパソコンを起動させ、店のホームページを管理しているサーバーにログインし、
「海子と楽しむ“ささやかな休日”」というページを作った。そして、“ささやかな休日”の意義や趣旨を書き込み、
“ささやかな休日”が終了するまでの時系列を、寅蔵なりに表現することにした。



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